今回は、教養学部の友人、Ninaに御寄稿頂きました。
壮絶な人生の苦しみ、その先に少し見えた光、将来への希望。彼女の言葉は深く、私自身も本当に多くを学ばせて頂きました。
そんな彼女の思いにじっくりと向き合う時間にして頂けますと幸いです。
教室に閉じ込められた勉強に違和感を感じていた幼少期
高校生や大学生の時は学校が大嫌いなのに、30を超えるとなぜか学校に戻りたくなる…そんな不思議な現象をご存知の方は多いと思います。
私に言わせればこれは現代の教育システムの弊害です。
若者というのは、見て、触って、感じることで学ぶ生き物。
無機質な教室で聞く何千もの言葉より、ほんの数秒の太陽の暖かさや雪の冷たさ、親しい友人と回し飲みする一本のジョイントからの方が、ずっとずっと多くの事を学べるのです。
そして年齢とともにそれは変化して、年を取ってくると今度は知識が欲しくなる。だけど私たちは風に当たりたいと全身が望む時には教室に閉じ込められ、そして集中して本を読んで勉強したいと願う時には、オフィスと人生と責任の囚人になってしまっている。
残念なことです。
探検家になりたかった、雲のように生きたかった私が現実を見て
無邪気に、自由を望んでいた幼き日々
私はずっとこのことを分かっていた気がします。
私はいつも、自分自身で世界に触れ世界を感じる存在でありたかった。
小学一年生の時、何かの文集に「大きくなったら探検家になりたい」と書いた私。
小学三年生の時には「雲のように生きたい」と書いて、責任も、国境も、決まりごとも、お金も、全部否定して、自由だけを望んだ私。
「現実」によって抑え込まれていく私
でも、そんな私は学校や家庭で教えられる「現実」によって少しずつ埋没していきました…
高校生になる頃にはこんな私はほとんど見えなくなっていて、その名残がヒッピー文化への愛となってちょっと見え隠れしていたくらい。
私は、周りのみんなが言うように、東大に行くことは最善の選択だと信じるようになっていたし、父のように教授にでもなることが私にとっては「適職」なんだと信じるようになっていたのです。
自分をそう信じ込ませることにかけては、私はピカイチだった。
そんなわけだから、「私は幸せ」だと自分を思い込ませることもすごく上手かったんです。
周りのみんなに「勉強大好き」と言って回って、授業の一つも欠席しなかったし、彼氏もできて、完璧な幸せを享受していました。
何かがぷつりと切れて
大学一年目はこうやって過ごしたものですから、二年生になった時に自分に何が起こっているのか、最初は理解できませんでした。
学校に、授業に、バイトに全然行きたくないことに気づきました。
ある日何の理由もなく涙が出てきて、母に電話して泣きつかずにはいられなくなりました。
何でかは全くわからなくて。
唯一私がその時分かっていたのは、周りのもの全て大嫌いだということ。今まで好きだったはずの全てがですよ。
本当に親しい友人が一人もいないことが大嫌いだったし、みんなが私のことを「ニーナはめっちゃ真面目で授業に行くし、頭いいし、自分の人生何したいかよく分かっているし、自分のあり方に満足しているし、本当にすごい」みたいな見方をしてくることが大嫌いでした。
だって、現実はそうじゃなかったから。
私は自分が大嫌いだったのです。死んだ方がマシと思うこともしばしばでした。
私を変えた南部アメリカへの旅
私が、その後の私の人生を大きく変えるアメリカ南部への旅をしたのはこんな状況の時でした。
オクラホマとかアラバマとかニューオリンズといった響きはいつも魅力的ではあったのですが、なぜこの時期に急にここに行こうと思い立ったのか、私は未だに分かりません。運命としか言いようがないのかな。2014年の6月、私はこのために学校を三週間欠席しました。
この旅については何時間でもお話ができるのですが、ここでは一つ、もっとも重要な出来事を紹介します。
それはヴードゥーの街ニューオリンズのユースホステルでのことでした。
「幸せになりたい」が夢になると知って
それは典型的なユースホステルでした。安宿、世界中の人が集まり共に飲む庭、そして徹夜のパーティ。
午前3時に私はそこにいてビールを飲んでいると、酔いの回っただれかがどこからともなく「君らの人生のゴールは何だ?」と質問を投げかけてきました。
それぞれが何と答えたかは覚えていませんが、中の一人、ある一人が言った言葉は私の心の中に深く突き刺さりました。
「幸せになりたい」
彼の答えはこのたった一言。
幸せになりたい?たったそれだけ?幸せの探求のために一生を使う?
私は完全に混乱してしまいました。幸せを見つけるのがそんなに難しいことだとは考えたこともなかったから。
それに、自分の夢としてそういうことを本気で言ってもいいなんて、思いもしなかったから。将来何になりたいの?幸せになりたい。なかなか期待を裏切る驚きの答えだと思います。
だけど彼のこの一言は、その日から、ほんの一度も私の心を離れたことがありません。
そして、考えれば考えるほど、私の頭は混乱していきました。
私は幸せじゃないの?それとも幸せ?ココイチのカレーを食べる時私は幸せだけど、そういう話じゃないのかしら?
全てが崩壊して、自分の人生の価値を見失って
「幸せ」とは、心の平安だった。そしてそれは簡単に手に入るものではなかった。
そのニューオリンズの衝撃的な夜から約三年が経ち、彼の言った「幸せ」というものは、むしろ「心の平安」とでも言うべき状態を指すのだろうと分かってきました。また言い換えるならば、永劫なる平静というか、「三昧(サマーディ)」ということを意味すると言っていいかもしれません。
そして、確かにこれはそう簡単に得られるものではなく、一生をかけて、それかそれ以上をかけて追い求めるべきだということも、分かってきました。
思えば私は今まで常により狭い見方でしか世界を見ていなかった。
私が考えることといえば「どういった職につくか」とか「週末に何するか」とか「どんな家がいいか」とか、ある意味合理的で現実的でプラクティカルなことだけで、より基礎的で深層的な目的の追求を蔑ろにしていたのだなあと。
表面で渦巻くこういった騒音が、自分自身をよりはっきりと捉え自分の可能性をフルに活かすことから私を遠ざけていたのです。
今やっている事にどれだけの価値があるのだろう
私は今まで、自分の精神的な成長のためにほとんどなんの努力もしてこなかったことを悟りました。
このような新しい視点から自分の人生を見つめるようになって、私はもっともっと深い穴に落ちていきました…
完全に崩壊し始めてしまったのです。私のすることは何一つ意味を成さなくなり、今まで大事だと信じてきたものはもう何の価値も持たなくなってしまった。
おそらく初めて、私は心の叫び声に無視することなく聞き入って「生きたい、愛したい、感じたい!」もう他の何も重要じゃなくなったのです。
このような私の願いは、日々に生活とは完全には折り合わなくて、私はうつ状態になってしまいました。
私の人生のここ最近の数年間はほとんどなんの意味もなかったものに感じられて、人生を無駄にした感覚にも苦しめられました。
授業に行くことができなくなり、最終レポートも書けなくて、生まれて初めて授業を不可りました。何もかも大嫌いで、自分が一番嫌いで、本当に恐ろしい状態だった。
私の心は今ここになく、というよりどこにもなくて、私はもう何も分からなくて、迷子でした。
留学中のうつが私に気付かせてくれたこと
留学しようと決めたのはこんな状況下にあった時です。
環境に変化が気分の変化をもたらすかもしれないという希望があったのでしょうか。
でも結論から言えば、そうはいかなかった。
自分が日本生まれ日本育ちでありながら永遠に「外国人」であるという孤独感がこの鬱の原因なんだと思ったこともありました。
確かにある程度はこれはそうなのかもしれないのですが、でも思っていたほどこれはそんなに大きな理由ではなかったようです。
アメリカに行っても私はうつっぽい変人でアウトサイダーで集団に合わせるのが大嫌いな人間のまま。
そんなわけでジョンズ・ホプキンス大学でも一人も友達ができなくて、留学中のほとんどの時間は一人で絵を描いて過ごしました。
パーティーに出かける人々が羨ましくて羨ましくて、アパートの窓から彼らを見下ろしながら、どうして私もああいう風に「普通に」なれないんだろうと思って何回も泣いたりして。
ボルティモアにいる間私のうつは酷くなるばかりで 、私は初めて医者にかかり薬を飲むようにもなりました。とった授業の約半分は落としました。
それでもこの留学は私にとって必要な期間だった
今思い返すと、この留学は私にとって必要な期間だったのだと思います。
うつになったことで、本当に多くのことを学んだ、身をもって。
薬は助けてくれるけど答えではないこと。私をありのままに受け入れてくれるような人々を見つけその中に身を置くことがいかに重要であるかということ。私の一番辛く苦しい夜でも、そばにいて支えてくれる人がいる私は、本当に本当に幸せ者であるということ。そしてそれに感謝すること。そして幸せは待っていても歩いてこないということ。自分で掴みにいかなきゃいけないということ。
自分で自分を幸せを追求する力と勇気
この時代、あまりに多くの人がいくら稼げるかとか、地位とか名誉とか、安定とか、本当は存在しない必要性に駆られて、人生においてこれっぽっちも重要じゃないことばかり考えて人生における重要な決定を下す人があまりにも多いように感じられます。
高校生の妹が志望大学を決めるときにいつもそこが(偏差値的な意味で)「いい」大学かどうかばかりを気にするのを見ると、悲しくて仕方がない。昔の私もそういうところはあったのだけれど。なんで?一体何のために?
就活を終えた友人たちの話を聞くと、思わずにはいられないのです。なぜ就職先の企業に自分の人生のあり方をそこまで委ねるのか。自分の幸せに対して責任があるのは自分だけで、自分だけが自分の人生に幸せをもたらせる存在なのだと、私は信じているし、そしてそれが何にも増して人生の最優先事項なるべきだと堅く信じているのです。
そうじゃなければ、人間は一度も生きることなく一生を終えるのです。
私はようやく目覚めた、ようやく私は生きている
この記事を書いている今、私はまだ薬の助けを借りずにはいられませんが、絶対にここ数年で最高の精神状態にあります。
私にはようやく、自分で自分の幸せを追求するだけの力と勇気があるのです。
私はようやく目覚めた、ようやく私は生きている。
今、生は私にとってかけがえのない大切なものなのです。
文集に探検家や雲のような人生の夢を描いたあの時以来、私は初めて自分に正直になれたのです。そしてこの現実世界のしがらみから私は解放されたように感じます。
ラルフ・ウォルド・エマソンは言いました「人間たるもの、反逆者であるべき」と。
私は反逆者、私は生きた人間。私は自分が正しいと信じたことのみ、自分の良心に従って生きていきます。そして正しい善悪判断が下せるようになるために私は命絶えるその日まで学びをやめません。
卒業後は、、、Take the world in a sweet embrace!
最後になりましたが、もうちょっと現実的な話を。卒業後どうするのかってことです。
お分かりかと思いますが就活をする気はありません(私は就活するくらいなら死んだ方がマシです)。院進もまだしないことにしました。
全てのことから解放されて、自分の好きな場所で好きなことをしたい。
というわけで、
私は一年、もしくはそれ以上、アメリカの様々な国立公園を巡る旅に出ます。
そう、take the world in a sweet embrace!
静けさの中、私の心を動かす創作活動に集中し(やっぱり私は絵描きなんだな)、自分の中に眠る神聖な何かを探す旅に出ようと思うのです。
私の精神はこの宇宙すべてよりも大きいことはわかっています。
だけど今までゆっくりとその中を探検したことはなかったから…
そう、ついに私は小学校の頃の夢を叶え探検家になるのです!
多くの人に、お金とか、現実的な問題について聞かれます。残念ながら私もまだ完全には現実世界の面倒な縛りから解放されたわけではなくて、ある程度手立てを考えてはいますが、基本的にはそういうことはなるべく考えないようにしています。お金とか物とか、私のとって一度も大切に感じられたことのないものばかり。
正しい道を行こうとすれば、宇宙が私をどこまでも導いてくれると信じています。
Nina、ありがとうございました!
幸せを探す事、自分と正面から向き合う事。これは本当に辛いこともあって、しかも逃げても生きれると思います。でも、やっぱり自分の人生を生きるって楽しくて楽しくて仕方がないです!!
そんな逃げずに徹底的に向き合うNinaの姿にすごく勇気づけられました。
国立公園の真ん中で寂しくなったら、(Wifiが繋がれば、)いつでもメッセージ下さいね!
(Original)
I think anyone have heard of high schoolers and college students hating school, but adults over 30 or so often say they want to go back to school. I think this illustrates the problem with the world’s current system of education. When you’re a teenager or in your early twenties, you crave experience and you learn from it. You want to see, you want to touch, smell, hear, you want to feel things. You learn so much more from the snow and the sunshine and the joint shared with your friends, than thousands of words you hear in a gray classroom. It’s just the way you’re made. And that gradually changes, so when you’re older your brain starts to crave knowledge. Bit we’re confined in dirty classrooms when we’re craving for breeze, and in cubicle offices when we crave intense studying.
I always knew that. I’ve always been the one who wants to feel the world myself. When I was in a first grade I said that I wanted to become an “adventurer” when I get older. In a third grade I wrote that I wanted to live like a cloud, no responsibilities, no borders, no rules, no money, no nothing but freedom. But then little by little school and my home told me what “reality” is, and those thoughts got hidden deep, manifesting themselves only a tiny bit through my love for hippie culture. I started to believe that going to Todai is the best possible thing, and I thought I will become a professor, just like my father, because that is the “best job” for me. I was good at making myself believe that it is so.
I was even good at making myself believe that I was happy. I told everyone that I love studying. I never skipped a class and I had a boyfriend too. That’s how I spent my first year at the university, so I couldn’t understand what was happening to me when the second year started… I didn’t want to go to class, go to my work, I started to cry for no reason, calling my mother for hours, crying, and I didn’t know why. The only thing I realized then was that I hated everything around me. I hated that I had no real friends. I hated that everyone thought that I love going to classes and that I was super smart and good at everything and content with myself and that I knew what I wanted to do with my life. Because all of that wasn’t true. I hated who I was. I felt dead.
That was when I had my life changing trip to American South. Oklahoma and Alabama and New Orleans always sounded so appealing to me, but I still don’t know what made me actually decide to buy a ticket and go there. I skipped school for three weeks for this in June 2014. I could talk for hours about this trip, but here I’d just like to mention the most important moment. A youth hostel in the voodoo city, New Orleans.
It’s a typical youth hostel. Cheap stays with a garden where people from all over the world gather for drinks and all-night talks. I was there 3AM drinking beer, and someone drunk brought up a discussion question: what is your goal in life? I don’t remember everyone’s answers, but this one guy, said something that is still stuck deep in my heart. He just said, simply, “I want to be happy.” Want to be happy? That’s it?? A whole life in search of happiness? I was confused, I never thought that happiness is such a hard thing to find. And I never thought that you can say things like that, seriously, as your goal in life. 将来何になりたいの?幸せになりたい。well, it is an unexpected answer. But it never left me since that day, and the more I think about it, the deeper in confusion I sunk. Am I not happy? Am I? I feel happy when I eat curry at cocoichi, but is it not the kind of happiness you’re talking about?
Three years had passed since this lightning-like night in New Orleans, and now I’m starting to get the idea that happiness he meant is something more like a “peace of mind” or “eternal tranquility” or maybe even I could say Samadhi. And yes, it is incredibly hard to achieve, definitely worth dedicating your life for.
I realized that I have always been focusing on narrower things, such as what kind of job I want to get, what kind of house, what I want to do on weekends, for instance, ignoring deeper and more fundamental pursuits. All those noise on the surface have been preventing me from seeing myself clearly as I am and fully exploring my potentials. I realized that I haven’t been doing anything for my own spiritual growth. Starting to see my life from this new perspective, I was falling apart. Nothing I do was making sense to me anymore and things that I once believed to be very important to me were no more of worth. I for the first time listened to the scream of my heart, “I want to live! I want to love! I want to feel!” and nothing else mattered to me anymore.
These cravings of mine did not peacefully coexist with my day-to-day life and I started to get depressed. Recognizing that my last few years were basically a waste made me sad too. I became unable to go to classes, or write final papers, and for the first time I failed a class. I hated everything, I hated myself, I was a big mess. My heart did not belong here, actually, it didn’t belong anywhere. I was lost.
My decision to study abroad was made in this kind of circumstances, with a hope that a change of place will bring a change in my mood. But it didn’t. There were times when I thought that it’s this Japanese environment and me being a “foreigner” is making me sick. Well to some extent it might be true, but not as much as I hoped. Even when I was in the US I was a depressed weirdo and the outsider and a nonconformist. I couldn’t make a single friend at Johns Hopkins and most of my time was spent painting on my own. I envied those who go to parties, looking down on the from my dorm window, and cried, I cried, why am I me? Why can’t I be normal and just have fun like everyone else? My depression got worse and worse in Baltimore, so I for the first time started to take medicine and seeing a therapist. I failed almost half of my classes.
Now when I think back, I know it was a necessary period for me. I learned so much from my depression. That medicine helps but it’s not a cure. That it is crucial for me to find a circle of people who take me as I am. How lucky I am to always have someone by my side to support me even on my darkest nights. And that happiness doesn’t come to you, you have to go get it. So many people in this world make their big life decisions based on facts that are hardly important, such as how much money it’ll bring them, or stability or fame or status, or because they feel some sort of a need to do so. It makes me sad to see my high school sister always thinking of getting into a “good” university, which means simply more prestigious. But why? What is it for? I hear my friends getting jobs, and I can’t help but think, why so many of them let the company decide their way of living? I don’t understand this. I believe, that you and you only is responsible for your happiness, and you and you only can bring a happy life to yourself. And that this should be the highest priority in your life. Otherwise, you never actually live.
Today when I’m writing this, I am still on medicine but I am definitely at my best. I have a strength and courage to pursue my own happiness by myself. I am finally waking up. I am alive. My life is so dear to me. I am honest with myself for the first time in many years and I know I can be free from restrictions of the mortal world. Ralph Waldo Emerson once said, “Whoso would be a man must be a nonconformist.” Hell yeah, I am a nonconformist! I do what I believe is right. And to be able to make a better decision about what is right and what is wrong, I will keep learning till the end of time.
Lastly, I’d like to share my actual plans after my graduation. Obviously I’m not doing 就活 (it is the worst nightmare for me) and I decided not to go to a grad school yet. I want to be free from everything and focus on doing what I love where I love. I’m going on a year or longer adventure in the American National Parks. Diving into the divine nature and taking the world in a sweet embrace. Quietly focusing on my passion for art (I’m a painter and a crocheter!) and solemnly exploring what lies within me. I know my soul is bigger than the universe. I just never had a chance to fully study it. And that is what I am going to do. Many people ask me about practical stuff, like money, and unfortunately I still haven’t fully escaped from the chains of practicalities. But I try not to think about it. Money, things, all that has never been so important to me anyway. I believe, if I am on the right track, the universe will guide me.
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