並行世界への脱線、シモキタ街歩きのすすめ

今回は、国際関係論コース4年の河野咲子さんに御寄稿頂きました。

あまりに溢れる文才に、わたくしは驚きを隠せません、、、

家を出た時点で2限の授業に遅れてしまうのはもうわかっているし、課題の論文もつぶさに読みこんだとは言いがたい、そのくせ井の頭線の各駅停車はのどかな住宅街をゆるりと横切って気持ちのいい陽光がさんさんと差している、そんなときにはどうしたってそのまま駒場東大前まで電車に乗りつづけているわけにはいかない。キャンパスまであと二駅というところで下車すればそこは下北沢で、たのしい昼下がりを過ごすために必要なものは、たいていなんでも揃っている。

 

東大といえば本郷キャンパス、駒場は残念ながら、文京区の本郷みたいに自撮り棒が何本も交錯する赤門とかレンガ造りの古式ゆかしい建造物とかが屹立しているわけではないし、安田講堂も三四郎池もない。けれどもささやかで味のある学生生活を送るための立地という点では勝るとも劣らず、渋谷からも下北沢からも二駅というすぐれて便利な場所なので、街並みの誘惑に負けるのはきわめて簡単だ。井の頭沿線の吉祥寺方面に住む学生は、ひょっとすると一度や二度といわず、習慣的にとくに意味もなく下北沢で下車することになる。

 

電車のなかで睨みつけていた英字びっしりの論文はリュックの底にしまってしまおう。どう見積もっても半数以上のお店がまだぐっすり眠りこけている朝十時半の下北沢では、どんな遅刻魔のあなたも相対的な早起きを名乗ることを許される。寝坊を悔やみながら物音を立てないように講義中の教室に忍び込むあの嫌な感じとは似つきもしない爽快さ、まだ埃のたっていないひっそりとした路地の真ん中を闊歩し、珈琲豆の焙煎される匂いやあたたかな日なたに引き寄せられてふらふらしているうちに、いつのまにかとある広々とした本屋へと続く階段に足が向いている。

 

名無しのシモキタを歩こう

周知のとおり、あらゆる謳い文句がシモキタの響きにつきまとっている。古着の街、古本の街、古物の街、演劇・芝居・ミニシアターの要地、 ロックやジャズやその他あらゆるカウンターカルチャーのメッカ、そういえばカレーの激戦区でもある。こうした惹句をいくらあげつらったところで下北沢の街を正確に抜き書きすることなどもちろんできないけれど、下北沢だけでなく、あらゆる街は街である限り、名状しがたいことばをふわふわと身にまとっている。そこから切り出されたことばの数々に目を通すことで、幻影のごときもうひとつの下北沢がその都度たちあらわれるのだということは、ページを捲りさえすればすぐにあきらかになる。

 

たとえば坂口安吾は、1926年(大正15年)あたりの下北沢についてこんなふうに記している。小田急電鉄の下北沢駅が開業したのは1927年だというから、ともするとこれは駅のない下北沢について言及した最後の文献かもしれない。というかそのころは、ここらは下北沢と名指されることもなかったということが、彼の書きぶりからよく分かる。

 

私が代用教員をしたところは、世田ヶ谷の下北沢というところで、その頃は荏原郡と云い、まったくの武蔵野で、私が教員をやめてから、小田急ができて、ひらけたので、そのころは竹藪だらけであった。[……]その頃は学校の近所には農家すらなく、まったくただひろびろとした武蔵野で、一方に丘がつらなり、丘は竹藪と麦畑で、原始林もあった。この原始林をマモリヤマ公園などと称していたが、公園どころか、ただの原始林で、私はここへよく子供をつれて行って遊ばせた。《風と光と二十の私と/坂口安吾》

 

彼の勤務先は、現在は南口商店街になっている通りを下り、茶沢通りに出てから三軒茶屋方面へとさらに進んだあたり、今では一軒家の立ち並ぶいわゆる閑静な住宅街になっている。このあたりが竹藪やら田園やら原始林だらけの武蔵野であったというのは、さすがににわかには想像しがたい。彼はその短い教員時代をここで過ごした。

 

安吾は充ち足りた気分でこの武蔵野を逍遥する。けれどもその景色のなかに、彼自身にたいして〈君、不幸にならなければいけないぜ 〉とたたみかける、〈私に話かける私〉の姿が潜んでいるというのだった。大正時代の下北沢は、二十歳の彼の感性を素朴に満足させる、天真爛漫の自然のゆたかさを有していて、それはかえってこのままであってはならぬという親離れの欲求すらもたらすほどの、過剰に居心地のよい包容力であったらしい。

 

昭和6~8年(1931-33)年を下北沢で過ごした萩原朔太郎が描いた風景は、安吾のそれとは打って変わって賑々しい。彼の住んでいたのは駅の北口を出てほんの少し歩いたあたり、今では古着屋や様々な商店がところせましと並んでいる路地沿いだ。

 

[……]私は道に迷って困惑しながら、当推量で見当をつけ、家の方へ帰ろうとして道を急いだ。そして樹木の多い郊外の屋敷町を、幾度かぐるぐる廻ったあとで、ふと或る賑やかな往来へ出た。それは全く、私の知らない何所の美しい町であった。街路は清潔に掃除されて、鋪石がしっとりと露に濡れていた。どの商店も小綺麗にさっぱりして、磨いた硝子の飾窓には、様々の珍しい商品が並んでいた。珈琲店の軒には花樹が茂り、町に日蔭のある情趣を添えていた。四つ辻の赤いポストも美しく、煙草屋の店にいる娘さえも、杏のように明るくて可憐であった。《猫町 ――散文詩風な小説 /萩原朔太郎》

 

家庭生活を幾度も破綻させ、モルヒネやコカインとともに空想世界を旅行しながら、詩人はこの地に家を建てた。彼の歩く下北沢の風景は、方向感覚の喪失にともなって、まるで幻燈の影絵を見ているかのように美しく理想化される。けれどもふと反転した方位磁針の方向が正されたとき、そこには〈ありふれた郊外の街〉としての下北沢がふたたびひらけてくる。それは麻薬に冒された詩人の、夢と現実とを二層的にひきうけて映し出すことが可能な、真っ白な銀幕としての空虚な街並みだ。

 

戦後暫時の下北沢の諸相をえがいた断章については、寡聞にして思い当たらない。森鴎外の長女である森茉莉が戦後の下北沢に住んでいた事実は名高いけれど、彼女の文章はもっぱらその愛すべき〈私の部屋〉の描写に傾注していて、エレガンスを欠いた〈東京の田舎〉たる郊外の街の様相には、まったくといっていいほど興味がないらしかった(ただし彼女の住んでいたアパートや行きつけの喫茶店〈邪宗門〉はまだ現役であることが知られている)。

 

シモキタ的下北沢へ

無いものを無いと言うのが難しいということは措くとして、大してなにも書かれなかったらしいということからなかば無理やり憶測できることもあって、たとえばそれは、この町が、東京全体の趨勢からあまり逸しないかたちで成長していったことを思わせる。吉祥寺や荻窪と同じように、50年代のジャズブーム、60年代のロックブームの波にそれぞれ乗って、音楽喫茶やライブハウスが盛衰し、またバンドマンのファッションとして古着文化も根付くようになった。82年に本多劇場が開業して演劇の街としても栄え始めたあたりから、「シモキタ的なもの」が広く共有されるようになったのかもしれない(このあたりを究めるのは骨が折れるのでさしあたってはすっ飛ばしてしまおう)。

 

00年代以降から、下北沢を舞台にした物語を見つけるのはぐんと楽になる(映画やテレビドラマを含めればそれはかなりの数にのぼる)。たとえば角田光代の『薄闇シルエット』は、下北沢に住み、友人と古着屋をやりながら人生の舵取りになやむ女性の物語だ。経済的な成功や名声をもとめる共同経営者の友人は、〈ずいぶん長い名前のワイン〉を飲みながらあけすけに夢を語る。

 

「[……]二十六で店出して、あの流行廃りの激しい町で、それずっと維持してるなんて、ふつうの女にはできないことだと思う。でもさ、逆に考えれば私のやってきたことって、維持、それだけじゃん。なんかもっとすごくなりたいの」
「野心に目覚めたってこと?」からかう調子で私は訊いたが、そうだとチサトは真剣にうなずいた。
「今がんばれば、もっとお金も稼げる。もっと有名になれる。都心の一等地に引っ越して、雑誌とかに出るようになって、有名人とコラボとかやって」《薄闇シルエット/角田光代》

 

ライバルは高円寺の古着屋で、表参道できらびやかに活動する独身デザイナーは羨望の的、けれども共同経営者は最後には結婚してさびれた郊外へ引越してしまう。最終的には主人公自身も下北沢を去って、〈今まで一度も住んだことのない町〉の空っぽの部屋へと引越してゆく。

 

これまで綴られてきた(あるいは綴られなかった)下北沢は、あくまで特筆すべきことのない郊外の住宅地・商店街であったけれども、見たところ00年代にはもはやそうではない。ユニークな夢を追いかけるにふさわしい程度には都市的で、けれどもモードでスタイリッシュな流行の中心地というわけではないという不安定で中継地的な性質をおび、それによって揺れ動く物語のダイナミズムを下支えすることができるまでの固有性が、いつのまにやらこの街の名に染みついている。

 

たぶん下北沢を舞台にした小説として最近一番話題になっているのは、表題におもいきりよく下北沢の名を冠した、よしもとばななの『もしもし下北沢』だ。素性の知れない女との心中という受け入れがたい理由からバンドマンだった父親を喪った語り手は、自由が丘の実家を出て、下北沢の下宿で新しい生活を始めようとする。けれどもそこに転がり込んできたのが、買ったばかりだと思われる古着を着込んだ彼女の母親だった。

 

「ひとりになっても、あの家にいたら、私、いつも通りにお父さんのいる生活をしてしまいそうで。幽霊と連れ添っているみたいで。靴をそろえて、掃除して、ごはんをいちおう作って、余ったら冷凍して、冷凍したものを一ヶ月したら整理して。機械みたいな気持ち。

向こうにだって、もちろん知っているお店もあるし、おともだちもいるけれど、その人たちはそこそこ有名な歌手たちのバックでキーボードを弾いているバンドマンと結婚して娘がひとりいる、そんな私と知り合った人たち。ここでの私は、何者でもない、ただのうらぶれた中年女。しかもそれが許される土地柄なのね。」《もしもし下北沢/よしもとばなな》

 

彼女たちの土地への参与は、翻ってほとんど経済的・生産的なかたちをとらない。語り手はフランス料理店〈レ・リヤン〉で働き始めたけれどもあくまで修行の身であり、母親のほうはもっぱら街を歩くとか地元の人と話すといったやりかたで下北沢へなじんでゆく。ひとはだいたい大人になってしまえば、何らかの労働によって経済社会へ参与していくものだけれど、大きな悲しみによってそこから取り残されてしまった母子の、凍りついたような時間をゆるめてゆく大らかな場所性を、下北沢は与えられているということになる。

 

店先に大きな桜の樹を擁していたのだという茶沢通り沿いの〈レ・リヤン〉はかつて実在したレストランで、2008年の末に閉業し、取り壊されたのだという。まるで街並みの新陳代謝の一部であるかのように、おだやかな救済の物語はこのビストロの閉業とともに幕を閉じた。そういうわけで今朝がた歩いた茶沢通りにもうこの建物はなかったのだけれど、そういえば路地いっぱいに甘くねっとりした匂いを漂わせていた珈琲豆焙煎店は、主人公がかりそめの恋人と出会ったあのお店じゃなかったっけ。

 

脱線、あるいは並行世界の散歩

立ち読みが許されるどころか座って読めるスペースまで用意されている親切な本屋さんでずいぶんと長いあいだ本を眺めて、だいたいすっかり目は通してしまったけれどだからこそ気に入った何冊かをレジに持っていくと、ここはいいお店ですね、下北沢もチェーン店が増えてしまって寂しいです、とまるで本のなかの台詞みたいな会話をしているお客さんがいる。思えばこの街を歩くひとというのは自覚的に虚構性を帯びているというか、路上で日常的に演劇をやっているみたいに大真面目にフィクショナルな暮らしをしていて、そういう仕方のない夢想家たちを排除しないという点がついここに足を伸ばしたくなる所以だろう。

 

そうはいってもお腹もすいたし勉強をさぼってばかりいると学期末に泣きを見ることになる、という現実的でぼんくらな発想も、べつに非難されるべきだとまでは思われない。スープカレーを食べたいけれどお昼は駒場の生協で妥協しようか、それから来週までの課題論文を学校でコピーさせてもらわなくちゃいけないな、つまりここは、と歩きながらはたと膝を叩くことになる。つまりここは、我々が突き進むことを要請されるまっすぐの線路上からほんの少し外れたifの街並みだ、もしかしたらありえたかもしれない無数のわたし・たちが途中下車する並行世界だ。そこまで思い至ったとしても落第するのはばかばかしいので、古着屋やビストロだけではない、時間の止まったような喫茶店や看板を外してしまったパン屋の物語、あるいはもう学校に行くのなんてやめてしまっただれかの人生の断片を横目に、改札のほうへと踵をかえす。いや、そういえばGirls Be Ambitiousの原稿も書かなくてはいけないんだった、じゃあやっぱりもうすこしだけここらのカフェで腰を落ち着けることにしようか。

 

(文・河野咲子/写真・田中卓郎/モデル・E. O.)

 

 

咲子さん、ありがとうございました!

こちらの一言が余韻を汚してしまうのが本当に惜しいのですが、

”最後にあおいちゃんのコメントの所で、
http://www.city.setagaya.lg.jp/kitazawa/12000/12001/12025/d00037757.html
↑ここから下北沢周辺の文士旧居跡が見られるそうです!と紹介してください!”

ということです!笑

では、素敵すぎる芸術的な文章、本当にどうも有り難うございました~^^

【9月30日】Girls Be Ambitious!投稿者+α交流会

年齢、性別、バックグラウンド参加可能ですので、ぜひお越しください♪
新しい化学反応を楽しみにしています!

日時:9月30日(土曜日)12:00~
場所:水天宮前 モリモトハウス
参加費:2000円(投稿者は1000円)
申込フォーム:
https://kitchhike.com/jp/popups/59c44c5f528beb611b00bfab

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