アイデンティと言語。世界中を繋ぐ華人の奇跡

今回は、教養学部国際関係論コース4年の陣野さんに御寄稿頂きました。

アイデンティティの葛藤と闘う18年間。中国語を学んだ事で開けた世界。世界各国の華人と繋がる奇跡。
そんな彼女の知見はとても新鮮です。

  

こんにちは。教養学部国際関係論コース4年の陣野真希です。

突然ですが、私は国籍は日本で、日本に帰化した中国人の両親を持つ、いわゆる華人です。

とは言っても生後数ヶ月の時から一年だけ上海に住んでいた以外は、生まれも育ちも東京、母語も日本語、大学に入るまで中国語はニーハオとシェシェしか話せませんでした。味噌汁や肉じゃがよりも中華風スープや肉まんが食卓に並ぶような家庭で、両親とはもっぱら日本語を話し、2〜3年に一回上海の親戚を訪ねた時には中国語がわからない私だけぽつんと一人取り残され、自分のアイデンティティと葛藤する、というような人生を18年間送ってきました。

 

中国語を学び始めてそんな人生が変わった

そんな人生が変わったのは、大学に入って第二外国語で中国語を学びはじめてからのこと。

語学の勉強に打ち込みつつ、中国関連のイベントに積極的に顔を出して中国人の友達を作るうちに華人ルーツに愛着が湧き始めました。

中国での一年間の交換留学と現在のシンガポールでの生活を通して、それはますます強化されているような気がします。

 

中国留学での実感

例えば中国語が上達する前は英語で会話していた友達と中国留学中に再会し、自然と中国語で会話ができるようになった時。その子の話し方や表情が英語を話している時とは全然違って、「あ、こんな一面もあったんだなー」と新鮮に感じたり。「何か最近話し方とか反応とかが中国人に似てきたよね!そういえば、元々血統上は中国人だったね!笑」と言われて、その友達がぐっと身近に感じられたり。

フランスでサマースクールに参加した時に出会った彼女(右)。英語で会話していた時はシャイな印象を受けたけど、中国語に切り替わった途端にかなりtalkativeであることが発覚。笑

 

留学先の北京大学で出会った世界各地の華人学生と中国語で会話した時、同じ華人でありながらも世界の端と端で全く異なる生活を送っているという、不思議な運命に思いを馳せたり。

北京最終日のディナー。メンバーの中にはチャイニーズアメリカンやチャイニーズフレンチも。中国語学習者が世界中で増えている今、相手が華人かどうかに関係なく、中国語も世界共通語になりつつあるなあと感じます。

 

そして、以前は拙い英語かジェスチャーでしかコミュニケーションが取れなかった中国の家族や親戚とも、今では中国語で問題なく意思疎通ができるようになり、やっと家族なんだという実感が湧いたり。

祖母との一枚@上海。祖母のコテコテの南方方言も、最近ではだいたい理解できるようになって感動!

 

たとえ過去のブランクが大きくても私を受け入れてくれた中国の人々のおかげで、幸せで充実した一年間を送ることができました。

 

 シンガポールでのおにぎり屋さんでインターンをしてみて

シンガポールではworking holiday制度を利用して、シンガポール初の日本米おにぎり店でインターンしております。

ここでは、オフィスワークではなく、店舗で現地スタッフと働いたりお弁当のデリバリーに行ったりといった現場の仕事が多いですが、おにぎりなりお弁当なりどうやったら商品が売れるか、施策を考えたりもしています。

 

シンガポールはビジネスシーンでの公用語は英語とはいえ、華人間の日常会話はほぼ全て中国語。華人と見た目が変わらない日本人は、買い物や食事に行くと容赦なく中国語で話しかけられるので、ポーカーフェイスを装ってそのまま中国語で対応。(外国人だとバレないと何だか嬉しくなります)

ただし、シンガポールの華人は中国大陸の福建省、広東省、海南島からの移民が多いため、クセの強い方言を話したり、名前の英語表記が標準中国語とは少し違ったりします。

こんな時も、同じルーツを持つ私と彼らが、移民として全く違う国に渡りそれぞれの生活を送っていることが不思議に思われつつ、シンガポールで偶然出会って同じ言語を話し交流していることが、奇跡のようにも感じられます。

もちろん、中国人を嫌うシンガポール人、”Chinese”ではない独自のアイデンティティを主張する台湾人や香港人にも出会ったことがあるし、私自身華人でありながらも日本から来た身として中国の友人に過去の戦争について追及されたこともあります。

でも元々は同じ言語を話し同じルーツを持つ仲間と考えると、政治的確執に関係なく目の前の相手が急に身近に感じられるのではないでしょうか。

 

言語で繋がる世界

長々と中国語や華人アイデンティティーについて書いてきましたが、同じ言語を話す相手への仲間意識というのは他の言語にも共通すると思います。相手の言語を話して初めて垣間見える相手の素顔とぐっと縮まる距離、言語を学ぶ意味はここにあると私は思います。

母語がマイノリティ言語であるために、外国語をテストの必修科目として早くから学ばなければならない国に生まれた、私たち日本人。でもそれを逆手にとって外国語の世界に一生懸命浸かってみれば、新しい世界が開けるのではないでしょうか。

 

両親の故郷、浙江省寧波をたずねた時の、母の旧友たちとの一枚。10年ぶりの再会にもかかわらず、まるで本当の娘のように暖かく迎えてくれました。

 

陣野さん、ありがとうございましたー!

陣野さんがおっしゃる通り、言語は自分の可能性を何倍にも広げ、人生を何十倍も豊かにしてくれるツールであり武器だと思います。

普段の勉強もそんな可能性に思いをはせながら、1つでも多く単語を覚えていきましょう~!

 

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